足がもつれる。



息が上がる。




一体どれくらい走ったのだろう…。




もう既に波の音も香りもしない。



亜久津に手を曳かれてただ、森の中を走る。





「あっく…どこまで…ッ」





目的地なんてない。


それでも、解っていても聞かずにはいられなかった。


この森が何処までも続いている気がしたから。






「あっくん…!」






走り続けて、殆ど残っていない体力…。


今はもう…一体何から逃げているのかさえ解らない。





政府からか…それとも、突きつけられた現実か。



 

 


ガサッ










「「!!」」


 

 

突然行く手に立ちはだかった軍服の兵に思わず立ち止まる


その銃口の先は立ちすくんでいる二人で…






「チッ―!」







方向を変えてさらに険しい道を走る。

未だ発砲している音は聞こえるが徐々に遠くなっていく…



海が遠い。もう逃げ場は無い。





絶望感を覚えながらも走っているとはある事に気付く…

後ろから……さっきまであれだけ居た兵が追ってこないのだ……



「あっくん!!何か…おかしいよ!!」


「!?…なんだっ」



の言葉に足を止める…



「誰もっ…追ってくる足音がしないの!!」



「!?(どういうつもりだ…?追ってこない…?

…俺達を追わなくてもいい理由が…)」


 




[ピ―――ッピ―――ッ]

 






「「!?」」



二人の首に付いている爆弾が同時に鳴りだし、放送が入る



『ガガッ…まだ誰か生きてるかい?

……ぁあ、どうやら亜久津とが生き残っているようだね。』



竜崎先生の声が島中に響きわたる…

二人はただ唖然と放送に聴き入り…立ち尽くす…




『裏切ったのは本当にすまなかったと思っているよ。

けど、こっちも命が賭かってるんでな…許しとくれ。

さて、もうそろそろ三日目が終わる…

今、二人の首に付いている爆弾は、この三日目が終わるまでに一人が決まらない場合、

生きている全員が死ぬことになっているんじゃ。

要するに、“爆発する”

…良いたい事は、解るじゃろ?』

 


竜崎先生の言葉に息を呑む

 



『鳴っている音が短くなるにつれて

爆発の時間が近付く仕組みになっているんだ。

それまでに二人共死ぬか…どちらかを殺すか…じゃ。

それはお前達に選択させる事にした、

裏切ったせめてもの償いじゃからな。

全員死ぬか、一人が残った時点でゲーム終了じゃ。

時間までしっかり決めるんじゃよ。…ガチャ…』

 


「…………りゅ…ざき先生……ッ」



「そうゆう…事かよ…」

 

 



追って来ないのはこっちが脱出手段をなくし、海から遠ざかって…

制限時間も切れるから、わざわざ殺す必要がなくなったっつー事かよ……



「…そん…な……ぜん…ぶ……政府の、思い通りだったってこ…
ゴホッ――




「!!ッお前――!」





咳込んだの手に、幾度も見て来たあの…赤い血が付く…


はそれを見て微笑すると、力が抜けたように地面に膝をついた…



首の元から、音が絶え間無く聞こえる

 





「っ!!」

 




亜久津はの元へ駆け寄ると確かめるようにの手を見る

 




「っ…おいッどういう……

いつ…撃たれた」



「…あはは……走ってる時…は、全然痛くなかったのに…な…


――撃たれたの…は…、さっき…かな……」



そう言うと左手を右側の腹部にあてる…

…亜久津もその手を追って目を向けると、押さえたの手をつたう程の血が…服から滲み出ている


 


「ッ…なんで…撃たれた時に言わねぇんだよテメェは…!!」




前に居たから。後ろを振り返らなかったから。

こいつが血を流しながら走ってる事に気付かなかった…。

痛みを耐えて走ってるこいつに…気付いてなかった。





「………そんな顔……しな…いで…?

大丈夫…だよ…?」

 

 



知るかよ…自分が今どんな顔をしてるかなんて……


“大丈夫”だなんて、バレバレな嘘吐いてんじゃねーよ…






 

「けほっ……ね…あっくん…

あっくん…も…座って…?」




力の無い笑顔で自分の近くの木を指差しては言う…


言われたとおり、近場の木を背中に座って寄り掛かると

嬉しそうな顔をしたが、覚束ない足取りで傍まで来て

そのまま、投げ出された足の上へ横に座る。



 

 

「わ〜い♪横抱っこ〜♪

なんちゃっ…
ッ…ゴホッ」






はしゃぐように笑うの顔が、咳と共に歪み


口を押さえた手が赤く染まる…

 

亜久津は、ただの肩を支え、

その様子に眉を顰めた



も自身の手に付いた血を見ると

その悲しげに目を伏せて、その手を握り締めた…

 

 


「……ねぇ…あっくん……私…ね……」




「…喋んな、黙ってろ。」

 





「わたし……皆に…会えてよかった…よ…

キヨ…と……あっくんに…会えて…よかっ
ゲホッ…ッハァ…」



 

「喋んなっつってんだろうが…黙って寝てろ。」

 





繰り返す静止の言葉には笑顔を浮かべるだけで…


話す事をやめようとしない…。



 

 

 

「二人に…キヨ…とあっくんに…出会えなかったらっ…


私の人生…絶対楽しく…なかった…って、思えるの…


三人で…いっぱい思い出…つくって…


いっぱい…色んな事話して…


ずっと…一緒だって…おもって…ッ――」

 

 

[ピ――ッピ――ッ]

 

 



の痛みと連動するように短くなる音…








「ハァッ……そ…だ……(言わなきゃ…)

あっくんに…伝えたい…こと…あるんだ…(まだ…話せるうちに…)」



「…っ言うんじゃねぇ」



亜久津の言葉には一瞬、驚いた顔をしたあと…


悲しげに、笑う

 



「………ごめ…ん……ごめん…ね…


でも…言わなきゃ…ダメみた…い……今しか……」




「っ後で聞いてやるから今はもう喋んな」




「あと…じゃ、ダメなの…今…じゃなきゃ…
ッ!ゲホッ!…ケホッ……」



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんね…あっくん……解ってるの…


私には…もう“明日”が来ないみたい…

 

私には…もう“今”しかないみたいなの…

 

 

 


だから…

 

 

 

 

 



 

 



「ちゃんと…聞いてて…ね……。


聞いててくれなきゃ…やだ…よ…?




っ――わた…しは、…初めて…あった日…から…

 


 

 

 



あっくんの事…が、ずっと…好き…でし…た…

 

 

 

 





――ゴホッゴホ!!

 



「ッ―――」




「嘘じゃ…ないよ…?

ずっと…ね…ずっと…言いたか…っ

ハァッ―!ハァッ…つっ…ぅッ……」



強くなっていく痛みには顔を顰め

耐えるように亜久津の腕の中で体を縮こませる


 

 


「(…やっと…言えたのに…もうあっくんと…サヨナラ…なんて…


イジワルにも…程がある…よ、カミサマ…

 



――っ眩暈…まで……してき…)」

 




激しくなっていく息遣いに、汗ばんでいく肌…


傷口から流れる血は……止まらない


 

 

 

 


[ピーッピーッピーッピーッ]

 







煩いくらい、耳に響く音は…


朦朧とする意識の中で嫌にハッキリ聞こえる…。

 

 

 






あぁ、もう…目が…霞んで…あっくんもよく見えない……

 

 

 

 

 

 



――ねぇ、カミサマ。これが…今日が本当に…最後なら…せめて……



 

 

 

 

 

 

 

 





「ね…あっく…名前…呼んで……はぁっ…ッ…


…私…の…名前…」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

―今までの分も…―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「…………。」



 

 

 

 

 

 




「…も…一回…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―これからの分も…―


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



…」





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



―私が居た事を、覚えていて…―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「っ…えへへ……あり…がと……」

 

 

 





 

 


亜久津は弱弱しく笑顔を見せるを、

その存在を確かめるように強く抱き締める…。



そんな亜久津を、は悲しげな瞳で下から見つめた後、

グッ…と亜久津の胸板を押し、少し離れた…


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


息をするのが苦しい…

腹部の痛みさえも麻痺してきた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―もう…本当に……お別れなんだね…―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




[ピッピッピッピッピッピッ]

 

 

 

 

 

 

二人の首元の爆弾から発せられる音は…


まるで二人が別れるまでの時間だと…は思う…

 


…まだ言いたい事があるのに、と口を開けば

言葉よりも先に喉の奥から血が吐き出され

身体が持たない事を知らせてる




 

 

それでも…

 

 

 


―お願い…伝えたいの…伝えさせて…―

 

 

 

 

 

 

 

 



「ッ―ゴホッゲホッッ…あの…ね…あっくん…に…

一番に…あっくんに…会えてよかった…ッ」





 

 

 

 

 

 

 

 








恐怖しかない闇に囚われなかったのは…






 

 

 

 


 

 

 

「ずっと…っ私の傍に居てくれて…ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不安と恐怖の中、私が“私”のままで居られたのは…







 

 

 

 

 











「最後…まで…一緒に…居てくれて…っ」










 

 

 

 

 

 

 

 

 





そう…あっくんが…傍に居てくれたから。












この3日間、前を向いていられた。

 

 




 

 

 

 

「ぁりが…とぅ…っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ゴメンね……ゴメン…




最後まで自分勝手でゴメンね…




私、今、酷い顔してるね…




だから、あっくん、今、そんな泣きそうな顔してるんだよね…




それでも、私を心配させないように泣かないで居てくれてるんだよね…






最後まで、心配させて…ゴメンね…。

 

 

 

 

 

 

…心配してくれて…ありがとう…。

 

 

 

 


















 

 

 



空いている片手を、亜久津の頬へのばし…触れる…


 

 

 

 


―よかった…あっくんは…あったかい―









その温かさに、涙が頬をつたう…




 

 

 

 

 

 

 

 

 




ねぇ、カミサマ。



これが…本当に…最後だから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腹部を押さえていた手で、亜久津の服を下へ引っ張り


腕の力で上半身を少し浮かせる…




 

 

 

 

 






「あっく……あと……あと…ね…っ」






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



微かに触れ、離れた唇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





「―― 大好き ――」

 

 

 

 





 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 






ピッピッピ・ ]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頬に触れていた手が、服を掴んでいた手が、力なく…落ち

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 「…っ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も答えない森の中…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 



 






『優勝者 亜久津 仁』


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後の放送が流れた………






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






      ―END―