冷たくなった侑士を抱きしめながら
は今は遠い…
そう、まだ、皆がテニスで競いあっていた頃の記憶を思い返していた…
あの時は…あの時は…と、
思い出す度まだ侑士が生きているようで…
「侑……士……」
小さく名前を繰り返す…
もしかしたらまた…
自分の名前を呼んでくれる気がして…
「ゆぅ…[ドォッ…ン…]
「!?」
リョーマが向かった方からの声を遮るように
何か…爆弾が破裂した音が森に響く…
「リョーマ…君…?」
―リョーマ君の身に何かがあったのかもしれない…―
はその考えに悪寒を覚え
リョーマの元へ向かおうとしたが
体がそこへ行く事を拒絶するように動かない…
「(…リョーマ君…
リョーマ君になにかあったんだっ…
早く…早く行かなきゃっ…
……でも…もし、また…侑士のように…)」
― 目の前で…死んでしまったら…? ―
「…い…や……嫌っ…」
すぐにでも向かいたい感情と
また見る事になるかもしれない恐怖に捕われる…
「やだっ…どっちも嫌っ…
行かないのもっ…
見てしまうのもっ…
逃げるのも…
立ち向かうのも一人じゃ出来ないよっ…
どう…すればいいの…?
ねぇっ…侑士っ……」
せがむように侑士の頭を抱え込むと、
パサッ…と服のポケットから何か
青い物が落ちる…
「……?」
それを手に拾い上げる…
青い…小さなノートのようだ…
中を開くと侑士の字で放送内容などが日記のように…
このゲームが始まってからの事が細かく書かれていた…
はそっと、ページをめくる…
『…何で仲間と殺し合いをせなあかへんのや…
監督も…頭狂ってるんちゃうか…?』
『は…どうしてんやろ…
…狂った奴等に出会ってなきゃええけど……』
『……の事で頭がいっぱいになってきたわ…
…殺されないって知ってても…
やっぱ不安は拭えへん……』
『まだ…氷帝では誰も死んでないんやな…
…安心したわ…
けど…他の誰が死んでも……
泣きそうな顔になってるんやろーな…
…自分の傍に居たら…
絶対に泣かせへんのに…』
『…死人が増えて…
樺地達も死んでもぉた…
そこら中の森から血の臭いがして…
…俺まで狂いそうや…』
何ページも侑士の字で埋め尽くされている…
だが、それも途中でピタリと途切れ…
自然とページが開いた…
そこに書かれていた内容に…
は、目を見開いた…
「…っ……侑…士っ…」
そこには数行…
たった数行だけ…書かれていた
『止まったらあかん…
止まったらあかんのや…
止まったところで
何にも見えへん…
どうにも出来へん…
進むんや
なにがあっても
自分の為に
―――の為に… 』
最後の方は…
侑士の血で滲み、消えていた…
そして、他の字も…
じょじょに霞んでいく…
「ふっ…っ……ぅ…」
その言葉は…
きっと侑士が自分に言い聞かせた言葉かもしれない…
けど、それが、まるで…
侑士が自分にくれた言葉の様で…
「…うん…うんっ…
…行く…ね……ゴメンッ…
…あり…がと……っ」
頷き、傍に居れない事への“ゴメン”
後押ししてくれた事への“ありがとう”
唯、それしか言えなくて…
ノートを侑士の胸元に置き
冷たくなってしまったその手を握る…
「…あり…がと…侑士…
行く…ね…」
最後になってしまう侑士への笑顔を向け
は…リョーマの元へ走って向かった…
…侑士の顔は…
どこか…
優しい頬笑みを浮かべていた…
森の中を駆け抜けるように走る…
見上げると大きな山が見えた…
「(確か音はこっちからした筈っ)」
小さくだが何かの音が聞こえている…
まるで爆音の様な……
[…ドォンッ!!]
「!…こっち?」
近くで爆音が聞こえ、急いでそこへ向かう…
森の奥に小さな光が見え
その場所を目指し走り
開けた視界の先には……
「……リョーマ…君?」
「!!……先輩」
リョーマと“誰か”は数メートル先にいた…
少し走ればたどり着ける距離…
そしてに呼ばれ、振り返ったリョーマは
…普通より小さな爆弾を手に持ち
リョーマの前方にいる誰かに
それを、当てようとしている様だった…
「(…前にいるのは………!!)
…………がっ君…!?」
の声にその人物…
向日岳人はリョーマからへ視線を移す
「!…!?
っ早く逃げろ!!」
叫ぶ様に“逃げろ”と言う岳人に
は困惑する
「………がっ…君…?
…どう…ゆう…事…?」
「いいから早く逃げろっ!」
「先輩、動揺しなくてもいいんスよ…
この人の言ってる事なんて
聞かなくていいんです」
「逃げろっ早く!!」
なんでリョーマ君はがっ君を殺そうとしているの…?
がっ君が…侑士を殺したから…?
じゃあ、がっ君はどうして私に逃げろと言うの…?
「……からない…解らないよっ
どうして逃げなきゃいけないの!?
どうしてがっ君がそれを言うの!?
どうしてリョーマ君はがっ君を殺そうとしているの!!?
っ…がっ君が……侑…士を…殺…した…から…?」
半場混乱した口調で
はリョーマと岳人に問いただす
―解らない…解らない…解らない…―
もう既に自分で何を言えば良いかさえ解らないというのに…
自分でその場の状況を見て
誰が敵で…
誰が味方かだなんて…
見分けがつくはずない…
俯いたまま肩で息をするに…
リョーマが口を開く
「先輩、俺を、信じてください」
「……ぇ…?」
「俺を、信じてくれればいいんです
俺が先輩を守りますから…
他に何も、考えなくていいですから…」
「……リョーマ…君…?」
「先輩、俺を信じて…」
「…じゃあ……侑士を殺したのは……「違うっ!!」
の声を遮り
岳人はリョーマを睨みつけると拳を握る…
「こいつがっ…こいつが侑士を殺したんだ!!」
「…え…?」
「だから逃げろ!…!!」
岳人の言葉にはリョーマを見る…
リョーマは顔色一つ変えずに岳人を見ると
もう一度に向き直り
横に、首を振る
「先輩、俺じゃありません。
殺したのは、あっちですよ?
嘘に騙されないで下さい、先輩。」
「ぁ…」
「!!アイツの言ってる事が嘘なんだ!!
俺は本当に見たんだ!!
こいつが侑士を殺してる所をっ!!」
「っ…」
どちらを信じれば良いのか解らない…
どちらの言ってる事が正しいのか解らない…
どっちが本当?
どっちが嘘?
どっちを信じればいいの…?
どっちを信じれば…っ
「先輩。
おかしいと思いません?」
「……え…?」
顔を上げると
怪しげに笑みを浮かべたリョーマが居た…
「俺、先輩と居ましたよ?」
「…わた…しと……」
そうだ…リョーマ君は私と居た…
私と…侑士を見つけた…
じゃあ、がっ君が言っている事は…
ウソ…?
「そう…私…リョーマ君と一緒に…
リョーマ君と侑士を見つけて…
そこから逃げたのは…
がっ君…?」
リョーマは静かに口元を上げる…
「がっ君が…
侑士を…殺…したの…?」
「っ…違う!!殺してない!!
!!お願いだからもう一度ちゃんと考えてくれ!!
自分でっ自分の頭でちゃんと!!
今っは俺達の言葉で混乱してて
ちゃんと頭の中で整理してないんだ!
もう俺は何も言わないっ…
が混乱するなら…もう何も……
だから…っ
だから…俺達に答えに先導されるんじゃなくて…
自分の答えを出してくれ…っ」
「自分の…答え…」
静まり返った森の中で
は今までの事を思い出す…
「…あっくん達と…はぐれて…
森の中を迷ってて…
そしたらリョーマ君と会って…
リョーマ君と音のした方に一緒に行って…
そこに…侑士…が…居て…
倒れてて…
誰か…がっ君が逃げて…
その後をリョーマ君が追って…
…侑…士が…死ん…で……
爆音が…聞こえて…
リョーマ君になにかあったんだと思って…
音のする方に走って…
ここに着いて…
リョーマ君とがっ君が居て…
二人共侑士を殺したのは…
相手だって、言って……」
その時の映像が頭の中に流れていく…
どれも数時間もたたない出来事だから
しっかりと記憶には残っていて…
そしてその中に…
確かに疑問に思う部分が…
なにかに引っかかる部分が…
「あ……れ……?」
の口から零れた声に
二人共に顔を向ける
「音…」
そう、あの時、辺りは静寂に包まれてて…
「音なんて…しなかった…」
一人で居るのが怖くて…
辺りの音には嫌って程気をまわしてて…
どんな小さな音だって聞き落とす筈なかった…
「ね…ぇ…リョーマ…君……」
だから気を付けて…
音をなるべく起てないように歩いていたんだろう…
リョーマ君の小さな足音にさえ…
気付いた…
「リョーマ君の言ってた“音”って……」
なんで…あの時気付かなかったんだろう…
リョーマ君は…
自分自身が歩いて来た道を…
また…私を連れて……
「あの時してなかった“音”って…
なに…? 」
「………………。」
リョーマは何も答えず
静かに俯いたかと思うと…
フッ…と、笑みを溢した……
「リョーマ…君…?」
「さすが先輩っスね。
…なんで今になって気付いちゃうんですか?」
顔を上げたリョーマは
溜息を吐く…
「この人が言った事は全部事実ですよ」
「うそっ…なんでリョーマ君が…っ」
「…なんで?
そーゆーゲームなんですよね?これ。
普通、ゲームの規則通りにやるもんじゃありませんか?」
「ゲームって…
これは殺し合いだよ!?
人殺しと同じ事だよ!!?
リョーマ君が侑士を…殺したのなら…っ
リョーマ君はもう人殺しなんだよ!?」
「あの人だけじゃない」
「……え…?」
「俺が殺したのは
あの人が初めてじゃない」
「…う…そ…」
「嘘じゃありませんよ…
俺はとっくのとうに人殺しになってたんスよ。
ここで先輩に会う…ずっと前から…
このゲームが始って…すぐに。
先輩に…会うために…。
それがおかしいと…
そんな事の為に人を…
仲間を殺すのがおかしいって言われても…
それを先輩が言ったとしても…
俺は間違ってないと…思ってる…
だから…今の俺にはもう…
殺す前には戻れない…
なのに先輩…
俺の事…信じてたから…
今じゃよく…
解らなくなってきちゃったじゃないッスか…」
「…そん…な…っ…」
愕然としているに
岳人も口を開く…
「…俺は侑士から直接聞いた…
越前が持ってる爆弾は…その時限爆弾は…
…侑士のなんだ……」
「……リョーマ…君……」
頭の中が真っ白になっていく…
会えて嬉しかった…
信じてた…
その思いに嘘は一つもなくて…
視界が歪む…
ああ…きっと涙が目に溜まってるんだ…
泣いてるんだ…私…
…なんで?
リョーマ君が私に嘘を吐いたから?
ううん、違う…
リョーマ君が侑士を殺したから…?
ううん、それも違う…
泣いているのは…
…偽善者面した自分に対して…
信じてた…
本当に…信じてた…
でも、それを思えば思うほどに…
ウソになっていくその言葉…
ごめんなさい…
本当は…あの時から…気付いてた…
リョーマ君に会って…
抱きしめられた時…
鼻にかすった…
生臭い…鉄の様な血の匂いに…
気付いてたのに…
私は…怖くて…言い出せなかった…
言ってしまったら…
そう考えて…
言えなかった…
そうして…信じてる振りをしていた…
私は…
リョーマ君でさえ騙して、傷つけた…
「…ごめ…んなさ……
リョーマく…っ」
ゆっくり…一歩一歩
覚束ない足取りでリョーマに近付く…
謝らなきゃいけないのは…
私だ…
まだ…良い子な振りをしていたのは…
私だった…
信じてくれる人を信じなかったのは…
私の方だったんだ…っ
涙を流しながら自分へ近付いて来るに
リョーマは一瞬固まり…
何かを叫んでの元へ走った…
「…な…に…?
なん…て……言って…る…の?
……リョーマ……君…」
頭の中がごちゃごちゃしてて
リョーマ君の声がよく聞こえない…
「……な!…輩!」
「……リョーマ…君?」
「来るな!!!」
「………え………?」
[………カチッ]
…足元で何かを踏む…
…それは…リョーマの持っていた物と同じ……
「…時限…爆弾……?」
頭で確認するまでが遅かった…
…チッチッ…という音が聞こえ
目の前が光に包まれる…
[…ッドォッ……!!]
「………ん……」
何ともなっていない…
だが確かに爆発はした筈なのに……と
起き上がろうとする…が、
自身の体にのしかかっている重さに気付く…
“それ”に目を移したとき…
息が…
…出来なくなった…
「…リョーマ…君…?」
リョーマの血が服に付き、染み込んでいく…
直接触れている自分の足には
流れる様に血が絶え間無くつたう…
「リョぉ…マ…君…?」
呼び掛けても返事が返ってこない……
「っリョーマ君!!リョーマくっ…」
リョーマの体を揺すると力無く横に転がり
…ドサッ…と、音を起てて動かず…
リョーマを中心に赤い水溜まりが広がる…
そして、気付いたのは…
リョーマの肉片が自分の直ぐ傍に落ちている事…
「っ!!!」
体の震えが止まらない…
目の前に広がっていく赤が消えない…
「…ぅあっ…っ…」
「!大丈……!?」
岳人が走って近付いてくるが
状況を見て立ち止まる…
「……これ…は…
どうなって…んだ…?」
「……っリョ…マ…君が…
…わた…事…庇っ…」
どうにか搾り出した
言葉にならないの声を岳人は拾っていく
「……庇っ…た…?」
「…それ…で…動かなっ…
わた…しのせぃ…でっ…
私の…所為でっ…」
「落ち着けって!
の所為じゃねぇよ!!
こいつの…越前の意思でを助けたんだ!!」
「でもっ…私が動かなきゃっ…
私がリョーマ君の言葉を聞いていればこんな事に…は…っ」
「あの時はは混乱してて
聞く事なんて無理だったんだ!!
の所為じゃない!!」
「で…もっ…」
「!!!」
震えるを無理やり立たせ
その場から森の中へ移動させると
岳人は震えを押さえ込む様にして抱きしめる
「落ち着け、…
お前に…お前に死んでほしくなかったから…
だから止めに走ったんだろ…?」
「……リョー…マ…君…が…?」
「ああ…。
だから、の為に死んだんだ。
を生かす為に自分を身代わりにして死んだんだ。
それを、が自分の所為だと言って泣いて…
苦しんだら…こいつ、絶対悲しむと思うぜ…?」
「……………」
「それに……
あの場所に爆弾があったのは
偶然だったんだ…
が来る前に俺と越前がやりあってた時の
まだ作動していなかった爆弾だった…
だから、あれは本当は…が踏む筈じゃなかった…」
「………がっ君が……
踏むかも…しれなかった……爆弾…」
「あぁ…」
「………………」
「きっと…どちらにしても…
俺か…越前が……」
「っでも!」
は抱きしめられていた体を離すが
「でも…っ」とその後続く言葉を言えず
そのままは岳人から顔を背ける
岳人はの様子に
思い当たった言葉を口にする…
「…“誰も…死なない方法があった”…?」
「…………」
一瞬反応するが
顔を背けたまま岳人を見ない…
岳人は、が顔を上げない理由は解っていた…
「………確かに、それは甘い考えかもしれないよな。」
「……………」
「この状況で、誰も死なないなんて…
そんな夢の様な話…
きっと唯の夢で終わると俺も思う…」
「…る……解ってる……」
やっと返答したに
岳人は下から顔を覗き込む
「でも、それが出来るかもしれないんだろ?」
「!!?」
「青学の奴らが考えているやつ。
んトコの頭の良い奴等がなんか計画してんだろ?」
「(!!)がっ君知ってるの!?」
「あぁ…侑士から聞いた…
どこに集合かなのも知ってるぜ…?」
「侑士…から…
…場所も…知って……」
「…で、どうするんだ…?
俺は、の判断に任せるぜ?」
「…わた…しは……」
本当にそんな事が出来るのかなんて…
私にはどんなに考えてもその答えが出るとは思わない…
でも…
もし…
本当に…
そんな方法があるとするのなら…
「……行こう……
…集合場所に…
…お願い!連れてって!」
やっと意思の決まった顔つきで
岳人の顔を見たに
岳人は嬉しそうに頷く
「ああ、解った!
そのかわり…絶対俺から離れんなよ!」
「…がっ君………うん!
…ありがと」
「えっ!?や…お礼言われるような事してねぇけど…///」
「んーん…お礼、言いたい気分だったの☆」
「(?)そっか…じゃあ行こうぜ
そろそろ行かないと時間に間に合わないからさ!」
「うん☆………」
そっと、気付かれないように後ろを振り返る…
リョーマ君が倒れている場所はすでに真っ赤で…
「(他の皆は……)」
“どんな死に方をしたんだろう…”
そんな馬鹿げた事を考えてしまった自分が嫌になる…
「…私も……おかしくなっちゃったかな…」
「ー?早く行こうぜー!」
「あっ…うん!!」
少し前を行く岳人の元へ走る…
振り返ってはいけないと
心の中で何度も繰り返しながら……