――突然の事だった。
前置きなんて微塵もなくて。
いつもの様に学校から帰ってきた私へ、
母親から嬉しそうに告げられたのは…
私が考えもしなかった事
『お父さん、仕事で上手くいって、
もっと大きな仕事をする事になったから、
仕事場に近い所へ家を借りてそこに引っ越しする事になったの!
それでには悪いんだけど、お父さんの仕事が終わる迄は帰って来れないし、
学校も、引越し先に近い所へ転校してもらう事になるけど…』
その時はお母さんの言っている意味が解らなかった。
理解なんか…したくなかった…
でも…お母さんが言ってる事は事実。嘘でも何でもない。
仕事、引越し、転校…
繰り返した単語で脳裏を掠めたのは親友と…大切な人
―離れたくない―
その一瞬の思いで混乱する頭を振り絞り、私はお母さんに条件を出した
『この家、一旦離れるだけで売るわけじゃないんでしょ?』
『え?…えぇ、お父さんの仕事が終わる迄あっちに居るだけだから…』
『なら、私だけ一度…この家に戻ってくる。』
『……どういう事…?』
『引越す前にあっく…彼に…
お父さんの仕事が終わるの数ヶ月掛かるって言って、
実際はお父さんの仕事が落ち着くくらいに…
もう一度、会う約束をして…
私は約束の日に彼に会いにこっちへ戻ってくる。』
『なに言って――!』
『もし!!…もし、その時彼が私との約束を忘れていたら
その時は……お母さん達の所に戻る…。』
『…それは……彼と別れるという事…?』
『別れるもなにも……まだ…付き合ってさえいないよ。
…それに、お父さんもお母さんも私が彼と付き合う事は反対だって知ってる…。
だから、そうなったときは…もう会ったりしない。
会っても、付き合いたいとか…考えない。
どうせお父さんの仕事が全部終わってこっちに戻ってくるの、何年も掛かるんでしょ?
だったら学校だって向こうで卒業する事になるんだろうし…
高校だって違う場所に行けばいい。
そうすれば必然的にもう、会う事はなくなる…。
けど、もし、彼が私との約束を覚えててくれてたら…
私はずっと…こっちの家で暮らす。』
『………本気で言ってるのね…?』
『この状況で嘘なんて吐かない。』
『……解ったわ…。』
お母さんは渋々了承すると、小さく溜息を吐いた…
「………あーあ…。」
自分は随分と恐ろしい賭をしてしまったのだと、思い返してしみじみと思う。
引っ越した先は田舎ではないが、都会でもなく。
所々に畑や、なにも無い丘がある…
こっちに来てから一人で散歩に出掛け、その丘へ行って星空を見上げるのが、
いつの間にか自分の日課になっていた…
「今日は……良く見えるなぁ〜…」
勿論今日だって、こうして誰も居ない丘の上で星空を見上げる…
「………あっくんも…見てるかな…」
最後にあっくんと会ったのは、泣きそうなくらいに綺麗な星空の夜で…
こんな空が何処までも続いてると思うと、言葉も出なかった。
「………この空も…続いてるんだよね…」
―あっくんの所に―
そう思うだけで、隣にあっくんがいる気がした
自然とあの時の様に、星座を探す
『ねぇあっくん!あれは?』
『あ?どれだよ…』
あっくんが私の指さす場所を確かめる為に隣に来ると、私の鼻をふと掠める…
なんだか落ち着く、私の好きな香り。
「あっくん…」
思い出すだけで、自然と笑顔になっていた自分に気付く
前から柔らかな風が吹いて、身体に入ってきた冷たい草露の匂いに…俯いた。
あの丘を登るまでの砂利道。その道を照らす小さな電灯。
砂利道を踏みしめる音。
何もかもが記憶の中に深く刻まれていて…
眼を瞑ればその音が鮮明に聞こえてくるようだった。
閉じた瞼をゆっくりと上げると、一瞬、二つの影が見えて
でも、それは本当に一瞬で…眼に映った影は、一つ。
「っ……」
解ってる。
今、傍に彼がいないという事…
すぐに会える距離にいないって事も…
解っているから、胸が苦しい…。
今はこんなに苦しいのに…
あの時は、大丈夫だと思ってた…
少しくらいなら、離れても大丈夫だって…
それが…こんなにも苦しいなんて…思ってなかったの…
こんなにも自分が弱いだなんて知らなかった…
離れてから、何度も自分の“記憶から作られた”彼の面影を見て…
その度に名前を呼びそうになって…
出かけた言葉を涙と一緒に呑みこんで…
「…なんで…っ」
最後にそう呟いて…
もう一度、空を見上げれば
あの時と変わらない星空がそこにはあった
その中の一つが、綺麗な空を流れていく…
「逢い…たいよ…」
自然に出た言葉は…
空気の中に溶けていって…
もしも、この星に願って、叶うなら…願いが、叶うのなら
――今すぐあっくんに逢いたい――
走って行って、いつもみたいに抱きついて、あの温もりを感じたい
名前を呼んで、手を繋いで、二人でまたこの綺麗な空を見たい
「…あっくん…逢いたい…よ…」
叶わない想いだけが膨らんでいく
「あっく――…ッ」
霞んでいく星空…
あの日から、泣かないと決めたはずなのに…止まらない。
ねぇ、カミサマ。
こうして、今すぐ逢う事が叶わないというのなら…
どうか…
『午前二時に、ここで…』
あの日の続きをしよう
(彼が約束の場所で待っててくれますように)
〜あとがき〜
“天体観測”のヒロイン視点バージョンでした☆
元にしたのは大塚愛さんの「プラネタリウム」です。
彼女視点…と言っても、彼女があっくんと離れている間の話で、
ひたすら『逢いたい』という気持ちが募ってった事が伝わればいいなぁ〜と思っています(笑)
で、補足ですが…
“天体観測”で、彼女はあっくんに『数ヶ月』と言っています。
そして、父親の仕事が終わって帰ってくる日が約束の日だと…
実際は両親とも家には帰ってきていないので
彼女は家に一人という事になります。
それを知るとあっくんが心配するから…という考慮なのです。
ちなみに…
この後…約束の日に元の住んでいた家へ彼女は一人、帰ります。
逢いに行きたいのを我慢して
また、前と同じように少し大きめのリュックを用意して
時計をまだか、まだかと食入るように見つめて待ちます。
そして出る時間。
髪は、服装は可笑しくないかとチェックして少し遅れるのです。
小走りで目的の場所まで急ぎます…
不安と期待が胸を押し寄せ、潰されてしまいそうになりながらも走ります。
そして、約束の場所…
見つけた背中に、笑顔で駆け寄るのです。