MIDI by 秋山裕和

 

 

 

 

 

 

 

 


『あ、ちょっとコンビニ寄ってもいーい?

新作のモンブラン、出てたんだ〜♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



…おい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



『あっくんの分も買って来るから、ちょっと待っててー♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



…なに、黙ってんだよ。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



『ッ――!!』


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



また、テメェは勝手に不機嫌になってんのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




―――ッ


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


テメェが不機嫌な理由は、俺が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


テメェの 手を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



『……
あっ…く…

なか…な…で…』



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取らなかったから か… ?



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…つ…亜久津!!


 

 

 

 


顔を、上げた。


視界に入ったのは、白い病室。


顔を歪ませた、千石の顔。


 

 


「……………」

 



「……大丈…夫…じゃ、ない…よね…。」

 



「……………」

 

 




千石が目を向けた先は、


生命維持の機械に囲まれた、動かない、あいつで…。



一歩、離れた場所に置かれた椅子へ腰掛けたまま、


俺は、意識を何処かに、飛ばしていたらしい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

規則正しく聞こえる音は


心臓が動いて……動かされている、証拠で。

 

 

 

 

 

 



「亜久津…」

 

 

 

 




情けない程、かすれた声で、千石は俺を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「……亜久津。」

 

 

 

 

 

 




今にも泣きそうな声で、

(もう涙が枯れているだけかもしれない)


俺の存在を確かめるように、呼ぶ。



 

 

 

 

 

 


「………まだ…生きてる…よ?」

 

 

 

 

 

 



それは、まるで、自身に言い聞かせる様に。


何かを繋ぎとめようと、する様に。

 

 

 

 

 



「まだ、生きて…いるんだよ…?」

 

 

 

 

 

 



機械に、動かされてる状態で…



“生きている”と、言えるのか…?



――違う、これは、アイツの意思で、動いているんじゃない。――

 

 

 

 

 



「きっと…戻って…来る…よ。」

 

 

 

 

 

 

 



ベットから起き上がって、



またいつもの様に、馬鹿みたいな笑顔を俺に向けて、



俺の名前を…呼ぶっていうのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



「亜久津…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目を開けて、



日常だった日々の様に、馬鹿みたいに嬉しそうな顔で…



俺を…見るっていうのかよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



「亜久…津…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




……なぁ…おい。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…くつ……ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







めんどくせぇけど、答えてやるから、





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

返事を…してやるから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


『 あっくん☆ 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「ッ―…」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうか、その笑顔を、もう一度。
(“泣かないで”なんて、言う資格、ないんだね。)
















 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― ゴメン…ごめんね…あっくん… ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜


交通事故で植物状態のヒロインちゃん。


千石は、誰よりも、亜久津が崩れかけているのを知っています。

彼が支えようとしているのは、

今にも壊れてしまいそうな亜久津の心なのです。



亜久津は、彼女の最後の言葉という約束を

守ろうとするけれど、



約束を破らせるのは、


皮肉にも、他の誰でもなく、



 

 

 


彼女自身。


 





――しかし、もし、奇跡が起こったとするならば、



もう一度、その声で、その笑顔と共に、名前を呼んでくれたのなら……



きっと、それ以上の幸せは、彼にとって、ないのでしょう。



 

 



唯、それは、


もし、奇跡が起るとするのなら、の 話。